2ページ目/全2ページ




    確かに父は休日、ほとんど家にいた例がなかった。それが、当主とやらの警護のためとは

    思いもよらなかった。
 さらに、母の外出も、兄の留学も、そんな理由があるなんて想像した事も

    無かったのだ。

    
黒沼は、さらに、俺が驚く事実を教えてくれた。

   「亮様。あなた様は《 当主様のお世話をする 》ために選ばれた特別な役回りがございます。

    実は、通っていらっしゃる氷帝学園には当主様も在学中なのです。

    そのため、亮様にも幼稚舎よ
り氷帝学園へ入学していただいたのですよ。」

   「な、なっ?! 」

   あまりに突飛な理由に、俺が絶句しているうちに、ベンツは大きな門の中へと入っていった。

   俺の自宅から、自動車でたった五分と言う近い場所に、その当主様の家はあるらしい。

   それから、ベンツは林の中の小道を進んでいる。

   黒沼の説明では、ここはすでに敷地内部らしいが、どこまで行っても、広がっているのは

    緑の木々ばかりだ。


   本当にここは東京なのか? と俺が疑い出した頃、やっと玄関先らしい場所へ辿り着いた。

    今まで、砂利道を走っていたが、ベンツはアスファルトで舗装されている場所へ入った。


   そのロータリーには、中央に大きな噴水があり、内外の高級車が十台ほど並んでいる。

    どこか外国のホテルのエントランスに似た風情だった。


   俺の乗っているベンツもそこに静かに止まり、黒沼に促されて外へ降りてみると、目の前には、

    巨大な《 お城 》がそびえ立っていた。旅行のパンフレットや、テレビで見た事があるヨーロッパの

    古城に良く似ている。


   これが、人の住んでいる家なのか?

   宍戸家の十倍では足りない。百倍の広さだろうか? 

   それどころか、氷帝学園中等部の敷地よりも、デカイ可能性が高かった。

   口をあんぐりと開けたまま、白亜の城の外壁を眺めていた俺の目に、ある物が飛び込んできた。

   美しい彫刻の施された白い石で作られた立派な表札だった。

   それには金色の文字で、《 OOTORI 》と書かれている。

   「お、おおとり?! 」

   この珍しい苗字には見覚えがあった。

   今年、テニス部に入部した後輩に、そんな苗字の者がいたような気がする。

   それは、たしか?

   「あ、宍戸さ〜ん。こんにちわ! 待ってたんですよぉ〜! 」

   そんな緊張感の抜けるような大声を上げながら、二階のベランダから手を振っている者がいる。

   そう、確かにこんなヤツだった。

   彼の首の辺りが、太陽光線を浴びてきらきらと反射していた。十字架のせいだった。

   お守りだと言い、いつも十字架のペンダントを下げている男。

   彼は、テニス部一年生の中で最も背が高い。その高い位置から打ち下ろすサーブは、

    十三歳とはとても思えないパワーとスピードがあった。


   俺は人の顔を覚えるのは不得意だったが、一度観たテニスのプレイは絶対に忘れない。

    そのため、鳳の顔もほとんど覚えていなかったが、そのサーブの印象は強烈に持っていた。


   本人は、そういうダイナミックなプレイをするような感じでは無くて、どこか人の良さそうな、

    人なつっこい少年だった。

    
鳳、……。なんと言う名前だったか?

   テニス部の一年生は、厳しい俺を怖がって、あまり話かけてくる者はいない。

   しかし、この男は入部した時から、やたら馴れ馴れしい後輩だったのだ。

    一年生の中で、「先輩」では無く、「宍戸さん」と俺を呼ぶ唯一の人間。


   おまけに自分の事も、「ぜひ、長太郎と呼んでください。」なんて意味不明な事を言っていた。

   俺は、そんなモノ、呼んでやっていないが。

   やっと、俺は、ヤツの下の名前も思い出した。

   「お、鳳長太郎……。お前か?! 」

    お前が、黒沼の言う当主様って事なのか?

    俺の、これから奉公する相手?


   手を振る鳳長太郎を見ながら、「何で、お前が当主様なんだよ。」なんて、情けない声を出すと、

    それを聞きつけた黒沼が厳しい表情で嗜めてきた。


   「亮様。今日からは、きちんと《 ご当主様 》と呼ぶようにお願いします。

    もしくは、お名前で呼ぶ方法もございます。その時は、《 長太郎様 》とお呼びください。


   それが、鳳家の使用人である宍戸家では、シキタリとなっておりますので。」




     その3 〜邸内探索〜の巻へ続く→ 行ってみるその3・邸内探索 




          
          1ページ目へ戻る



         小説マップへ戻る